波動と思考がわかれば「変化」の舵を自分の好きなようにできる理由。

今まで慣れ親しんでいた暮らしから、違う現実になるというのは、留まることが安定だと言われている世界において、とてもしんどいように思えることです。

それも、変化という概念自体が、恐怖と捉えているなら、尚更のこと。

怖いところにあえて突っ込む理由はありませんからね。

どうしても、「怖さ」が先行すると、進むことに抵抗感を感じてしまいます。

でもこれは、重い世界特有の考え方なのです。

 

変化というのは、何も変わらないんだけど変わった世界です。

変化を怖さだと思うのであれば、それは変化した先の世界を知らないからです。

変化をするというのは、目の前にある現実が全てすっ飛んで、全く新しい世界になる。

例えば、目を瞑って変化を感じていると、目を開けた時には、別の惑星にいるような別世界が広がると思っていれば、今持っているもの、一緒にいる人、環境が「なくなる」ということになるので、とても寂しく思えます。

でもこれは、変化ではないんです。

 

変化ではなく、「操作」という方が正しいと思います。

だって、目を開けたら全く違う世界になるって、誰かに変えてもらうということになるのですから。

 

この世界はあくまで、自分の思考によって作られた世界です。

それなのに、自分の思考を変えることなく、目を瞑るだけで現実が変わるなら、誰かに介入される以外に方法はありません。

そしてそれは、強烈な依存を生み出すことになりますので、重い世界の話です。

 

誰かに現実を変えてもらう。

誰かに現実を変えて欲しいと頼む。

これは、自分では現実を変えられないと思っているから起こる思考ですし、行動になります。

 

そして誰かに変えてもらったとしても、その現実が気に入らなかったら、またその変えてくれた存在に「変えて欲しい」と頼むことになりますよね。

それって、ものすごく不自由なことですよ。

最初は気に入った世界であっても、時間が経って飽きた時に現実を自分で変えることはできません。

その術を知らないからです。

だから、依存心が出てきて、その存在に頼み続けることになります。

これって、なんの自由もありませんよね。

 

もし、相手に嫌われたら、自分の現実は変わらない。

というような不安を、一生持って生きることになるんですから。

 

これって、外に答えがある世界と同じ構図になっていると思いませんか?

自分の外に意識があって、自分の外に答えがあって、自分の外が自分の現実に影響を与えている。

まさに、これまでの重い世界がそうなのです。

 

リーダーがいて、その人が導いてくれる。

これはまさに、自分の外に答えを求めている状況になります。

そして、この世界を生きている間は、不安が消えることがないんです。

 

変化が楽しくなるのは、本当に自分の中を感じられた時。

考え方を自分の中に持っていくと、変化することが遊びを変えるような感覚になっていきます。

「この遊びをしていたから、この遊びに変えよう」というように、毎日の現実を自分の好きなように変えていくことができるのです。

好きなように、自分のその時の気分によって変えられるから、変化を不安ではなく楽しさだと思えるのです。

 

そして、その時々に起こる変化の違いを満喫することができます。

満喫できることは、刺激にもなるので、「毎日が同じだ」という不満も出てきません。

 

毎日が同じだという不満は、自分の外に答えを求めているから出てくる思考になります。

暇だったら、自分のやりたいことを自由にすればいい。

そこに対して、自分がふと思うことに対して、いろんな理由が出てくるなら、それが欲求不満を引き起こすことになります。

我慢を正当化して生きることになるので、ずっと不満が続くのです。

 

その状態で軽く生きようと思っても、それは無理な話ですし、逆に軽い世界を目指してしまうので、余計に重い現実を引き寄せることになっていくのです。

 

小さな変化を意識していれば、現実が同じように見えることはありません。

小さな出来事に目を向けていれば、自然と大きなことを動かせるようになっていきます。

最初から大きなことをしようとしなくても、小さなことをしていれば自然と大きなことが小さくなっていきます。

その繰り返しをすることで、現実を自分で変えられるんだということに対しての確信が生まれるようになりますし、確信ができるから見える世界を変えていくこともできるのです。

 

ここを飛ばすことは、どうもできないみたいです。

自分の中にある重いエネルギーを昇華していけるのは、アナタだけですし、それもアナタが昇華すると決めない限り残り続けます。

それがあるから、人生が楽しくなるように設定しているようなイメージです。

 

重くなるエネルギーの設定を変えたいのであれば、その設定の変え方を学べばいいわけですし、自分でいくらでも自分の人生の設定を変えられる方が、結果的に長い目で見たら圧倒的にいいと思います。

だから、自分でその方法を知る必要があると思いますし、その方法は人によって違いますので、それぞれがピンとくるアイデアを実行すればいいのです。

もしかすると、波動や思考なのかもしれませんし、波動や思考ではないのかもしれません。

 

それがわかるようになるのも、思いついたことをやってみない限りわかりませんよね。

 

肌感覚って、割と役に立ちます。

やり方はいくらでもありますし、方法論はたくさんあります。

その中から、自分の現実までを変えれるツールを探すには、自分の毎日の暮らしで学んだことを実験するしかありません。

僕も波動や思考は、学ぶ時間よりも僕の暮らしで使い、実験する時間の方が長かったです。

 

でも、長い時間をかけるからこそ、いろんな体験を通じて波動と思考をものにできましたし、どうすれば自分の現実を変えられるのか。

自分の中をどうすれば、どのような状態にすれば、自分の外の現実までも変えられるのかを知ることができています。

 

これは、誰も教えられないことなのです。

一緒に住んでも、教えることは不可能だと思います。

 

それは、毎回の出来事において感じることが、絶対に異なるからです。

同じように感じたとしても、一寸違わず同じということはありません。

 

ただ、感じているかどうかは、僕自身の感覚で感じることはできるので、理解しているのかはわかります。

でも、それをその人が信じるかどうかは、その人次第になるので、感じていることをものにするまでには、自分で納得する以外にありません。

だから教えることができないんです。

 

肌感覚で、自分の感じていることを信じきれたり、自分の思っていること、感じていることを信じ切れるかどうかは、どんな学びでも得られるものではありません。

自分で実験して、その反応を見て、分析して、変えてみて、その変化を楽しめて初めてわかるものです。

そして、この過程が楽しいんですよ。

 

楽しい理由は、反応があるし、反応が変わるからです。

自分も周りも。

特別に何か目に見えて現実が変わるわけではないんですが、確実に違いがそこにあります。

 

だから、勇気や気合いが必要ではないんです。

断捨離のようなことをしなくても、変えていけます。

 

それらも、波動や思考が変われば、自然と行動できて当たり前、変化を満喫できて当たり前になるのです。

だから、波動と思考がわかれば、ラクに軽く楽しい世界にシフトすることができると言えるんです。

 

一見すると変わらない。でも、確実に変わる楽しさ。

軽い世界は派手ではありません。

ある意味、ものすごく地味に思えると思います。

でも、心の状態や頭の状態は全然違います。

 

余裕がありますし、ラクです。

行動しようと思わなくてもできますし、我慢も欲求不満もありません。

自分が必要な現実の作り方を理解しているので、自然とやりたいことを進めていくことができるのです。

 

この感覚までと取りつけると、難しいことがなくなってシンプルになります。

シンプルだからこそ、わからないこともないんです。

自分が中心にあって、自分の進む道を自分で決めることができる。

その自信と確信があるので、うまく物事が進んでいきます。

 

もし、うまくいかないと思っても、それも1つのポイントだと思えますし、そこで考えて導き出した答えを持って、次の現実に進めるので、不満が出てきません。

全部、自分で決めることができ、それを創造できるからです。

それって、何よりも必要な感覚でありツールだと思います。

 

まとめ

変化は常にしています。

だったら、そこに合わせて変化していった方が、川の流れに乗るようにラクなんです。

 

そして、その変化を自分が体験したい方に進めていく方法がわかっていれば、ただ流れるだけではなく、自分の見たい景色や、体験したい現実を得られるんですよ。

その舵の役割をしているのが、自分の持っている波動エネルギーであり、思考エネルギーなのです。

 

舵の取り方がわかれば、もうあとは自由自在に進みたい方にいけばいい。

というシンプルな状態が出来上がります。

それこそが、「自由」だと思いますよ。

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ABOUTこの記事をかいた人

今西 史樹

今西 史樹(いまにし ひとき) BEC株式会社代表取締役。 軽く楽に楽しく生きるための価値観、波動の使い方、思考の使い方などを伝えています。電子書籍『波動のチカラ』