仲直りは、変わっているように見えて変わっていない理由。

YouTubeのある番組で、サバイバルに挑戦する男女を追ったドキュメンタリーを見ていました。

そこでは、初めて会った男女が、裸で21日間サバイバルをするものです。

 

食料も水も火も寝床も、現地調達になります。

 

そんなサバイバルになると、その人となりが見えてくるのですが、もちろんこれは”番組”なので、真実ではないかもしれません。

作られたもの、編集されたものは、リアルではない可能性もあります。

不安や危険を煽りに煽っていますからね。

それでも、野生動物に襲われているところは見たことありません。

 

ということは・・・「野生動物に知恵がなくて野蛮だ」ということはないんです。

映像からでも野生動物の感じていることはテレパシーでよくわかります。

彼らも思っていることは、僕ら人間とそう変わりはありません。

 

その話は置いておいて、人同士のやり取りで1つ面白いことがありました。

「変わったように見えて、変わっていないんです。」

 

仲直りは変化ではない。

 

ある場面での言い争い。

男:「君はここに来てからずっと体調不良で、何もしていないじゃないか」

女:「そんなことない!私もしている。」

 

女性がサバイバルに来てからずっと体調不良で、倒れていました。

そんな中で男性と言い争いになります。

寝床作りのこと、それまでのこと。

そして、女性は「ファイヤースターター貸さないから」と、その場を離れていきます。

でも、その態度をとる理由は過去の経験にありました。

 

過去に自分の弱さを見せたら、男性に「哀れな女」だと思われたのだそうです。

だから、男性と言い争いになるとパニックになるのだそう。

 

時間が経ち、夜になって2人は仲直りをすることになります。

 

女:「今日の私の態度は・・・・本当に・・・ひどかったです。反省しています。」

男:「いいよ、僕も悪かった」

 

仲直りが終わったら、次の日は協力して家を作り直すことになりました。

 

でも数日後、また言い争いが起こります。

男:「君には大問題何だろうけど、パニックになって、薪木を集めすぎてるんじゃない?他のこともしていかなきゃいけないのに・・・。」

女:「私がどれだけ夜寒い思いをしているか、わかる?暖かくしないと体が冷えて、ここにはいられない。私には日だけが頼りなの。」

また2人の意見が違う場面を作り出すことになるのです。

 

番組を見ている側は本音がインタビューで見えている。

 

番組ではシーンの間に、それぞれのインタビューが差し込まれているので、見ている側としては、2人が何を思っているのかを把握することができます。

でも、2人がその話を共有している姿は、映像にはありません。

 

もちろん、放送されている以外のところで話が共有されている可能性もありますが、もしそうであれば、意見の違いをそれぞれに受け入れて尊重できるので、意見が違ってもスムーズにコミュニケーションが取れているはずです。

映像を見ている限りは、そのエネルギーを感じません。

 

だから、2人の現実はいつまでも変わらないことになっていきます。

 

これは、サバイバルに限ったことではありません。

サバイバルで極限な状態だから起こるわけではありません。

 

普通に日常でもこれらは起こります。

そして、自分の感じていることやわかっていることは、相手もわかっているはずだと思い込むことで、いつまでも変わらない現実を作り続けます。

 

それは、「価値観が違うから」という簡単な理由で終わらせることもできます。

私と相手は違うから。

違って当たり前なのに、違うからと言って終わらせるということは、相手の価値観を尊重できていない証拠です。

ということは、自分の価値観を尊重できていないことになります。

 

自分の価値観を尊重できていないということは、自分のことを信じることは難しいと思うので、いつまでもセルフイメージは低いままです。

それを隠すように、抵抗し、反発するから、喧嘩が起こります。

 

抵抗や反発は、強い人ではありません。

抵抗や反発は、自分の意見を持っている人でもありません。

ただ、セルフイメージが低いから、自分を守るために取っている行動に過ぎないのです。

 

セルフイメージが高い人同士のコミュニケーション。

 

自分の意見を尊重しているので、相手の意見も尊重することができます。

だから、お互いに話を聞くことができるのです。

 

尊重しあえるのは、過ごした時間の長さは関係ありません。

 

話し始めた瞬間に感じることができます。

だから、安心して本音を話すことができるようになるのです。

 

そして、相手の本音も受け取れるようになります。

 

私:「私はこう思ったので、こうしました」

相手:「私はこう思ったので、こうしました」

じゃあ、どうしていけばいいかな?

 

と、一緒に考えることができます。

これは仲直りではありません。

 

そもそも、仲が壊れることがないからです。

 

なぜその状態をお互いに作り出せるのかというと、それぞれが自分の感覚を信じることができているからになります。

自分の感じたことを信じて、それを「そうだ」と伝えられる。

だから、自然体で対等に伝えることができるので、感情ではなく話し合うことができるのです。

 

「喧嘩するほど仲がいい」はちょっと違う。

 

サバイバルであったように、喧嘩をして、仲直りをして、また喧嘩をして仲直りをする。

そうやって、お互いのことを深く知っていくことができる。

 

確かにそうですが、根本的なところが変わらないので、いつまでも何かが起こったら喧嘩をするということになります。

それは、変わったように見えて、何も変わっていないのです。

 

相手のことを言い争いを通じて知ったとしても、また次は別のことで言い争うことになるのは、ずっと同じエネルギーを出しているからになります。

だから、同じ現実を見続けることになるのです。

 

それを楽しんでいるのであれば、それも1つだと思います。

でも、楽しくないんだったらエネルギーを出すことをやめればいいだけなのです。

 

そんなことを思いながら、番組を見ていました。

 

番組を作る側の意図としては、言い争ってくれる方が刺激的ですし、絵になるとは思います。

それが刺激的で絵になること自体が、重い世界の価値観だということです。

 

何も考えずに、それだけを見ていると、その現実を自分にも反映して生きていくことになりますが、そうではなく「また同じことしてる。笑」と見ていれば、自分とは全くかけ離れた関係のない世界のように見えるようになっていくのです。

その感覚が、僕が重い世界を見ているときに持っている感覚です。

 

だから、重い世界とは無縁で毎日を過ごしていけるようになります。

 

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