答えは自分で決めるから、ご機嫌になれる意味。

波動が軽いという感覚を理解できると、波動が軽い時に起こる現実を体験することができます。

その体験自体が、どういう体験になるかは体験してみないとわからないのです。

マインドで判断し、都合がいいように考えることはできたとしても、それが自分にとっての軽い世界ではないかもしれないのです。

 

軽い世界というもの自体に誰かの定義はありません。

軽い世界というもの自体にもいろいろありますし、人によって違います。

だから、「こうなれば軽い世界ですよ」ということは、誰も決めることができないのです。

 

答えが決まっている、定義が決まっているというのは宗教的概念です。

自由に生きることができるというのは、自分で自分の答えを決めていけるということです。

そして、それは本来、誰しもが持っている当たり前の権利になります。

 

これを手放してしまうから、自分の現実が周りによって影響を受けることになるんです。

例えば、草原にコンクリートの道路が敷かれていて、そこしか走ってはいけませんよというルールが決まっていたとします。

そのルールに従っている間は、そのコンクリートの道路の上しか走れないと思い込んでしまうのです。

見渡せば草原なので、どこでも歩いていいはずですし、歩けるはずです。

 

その歩く道を、自分で決めて、自分の行きたい方向に進み、楽しいと思う道を作っていくことができれば、自分のご機嫌をいつも作ることができます。

でも、コンクリートじゃないといけないと思っていれば、渋滞していようが、気分じゃなかろうが、楽しくなかろうがそこを通ることになります。

決められたコンクリートの道の中で自由に道を選んでいるというのは、自由ではないということなんです。

制限された自由だということなので、これでは心からのご機嫌に離れません。

 

これが、誰かの決めたルールや答えに従うということになります。

従うから影響を受けます。

逆に言えば、決められたとしても従わなかったら、影響を受けることはないんです。

 

軽い波動は「条件」で手に入れられるものではありません。

軽い波動に共振している時の自分は、ご機嫌さんでいられている状態です。

ご機嫌にしているから、軽くなります。

また、軽い波動エネルギーを知ることで、そのエネルギーに共振し、自分自身の波動エネルギーを変えることもできます。

 

どちらであったとしても、自分の周りの状態や環境が、自分の都合のいいもの(悪いもの)になるから波動が軽くなる(重くなる)ということはないんです。

影響があるとするなら、影響を感じているなら、自分の現実における主導権は自分ではなく、周りの現実に従っているからだということになります。

 

例えば、預金残高によって、波動が軽くなったり重くなったりするということはありえないということです。

預金残高という自分の外にあるものに、何かしらの重くなる価値観があるから、預金残高の金額によって自分で共振している波動エネルギーを重くしているに過ぎません。

ということは、残高自体が波動に影響があるのではなく、そこにある自分の思考エネルギーの動きが影響を与えているということになるんです。

 

だから、ただ単にお金をたくさん集めたとしても、軽くご機嫌になることはないということです。

ご機嫌とお金を一緒に考えるからおかしくなりますし、苦しくなります。

だったら、切り離して考えていく方が楽ですし、その方が現実が変わるんです。

どんなことに対しても同じですが、今までと同じ考え方や価値観、思考エネルギーから、「どうすればいいんだろう?」と考えても、それまでのエネルギーと同じ答えしか出てきません。

 

今までと同じ答えや考え方を選んでいると、今までと何も変わらない現実になるのです。

その現実を体験していく上で、自分がご機嫌になるんだったらそれでいいと思います。

そうではないなら、今までとは違う視点で考えていく必要があるんです。

 

今の自分が最大限にご機嫌になれる状態を、自分で用意することで起こる効果。

「こうなればご機嫌になれる」ということを実現していけば、いつでもご機嫌になれます。

それを用意することも、実行することもできるんです。

 

例えば、旅行に行ければご機嫌になれると思ったら、旅行に行けばいいと思います。

ただそこで、「時間がない」「お金がない」という考えが頭をよぎるなら、「旅行に行く」ということ自体を考え直した方がいいんです。

 

本当に心から行きたかったら、行くんですよ。

準備を始めます。

その準備自体も、ご機嫌で楽しいものになるんです。

お金を集めることも、旅行の工程を考えることも、行きたい場所を調べることも楽しくなっていきます。

 

「旅行に行きたい」と思ったのに行動できない時は、自分の本音ではなく何か別のエネルギーがあるということです。

だったら、綺麗さっぱり旅行に行くことを諦めて、別のご機嫌を考えればいいことになります。

寝たいのであれば寝ればいいし、ジュースが飲みたいなら飲めばいい、ボーッとしたいならボーッとすればいいと思います。

 

もしできないなら、できないこと自体が異常だということに気がついた方がいいでしょう。

まさに、制限された自由であるコンクリートの道路を進んでいるということです。

自分のやりたいと思ったことを、やりたいタイミングにできないって、相当おかしいことですからね。

 

やりたいことを実現するための方法を、理由をつけて実践できないのも変ですよ。

その生き方をしている限り、ご機嫌に生きることは難しいと思います。

その環境の中で、どんなに誤魔化しながら生きていても、ハートを誤魔化すことは「無理」と思うはずです。

マインドとハートのギャップは、相当重いエネルギーを使いますので、しんどくなります。

 

その中で、自分のやりたいことにエネルギーを割くことは、砂漠で喉がカラカラなのに全力疾走するようなものです。

環境も自分で用意できます。

作ること、作り直すことができるんです。

 

作っていく時、作り直す時、自分がご機嫌でやるのと、不機嫌でやるのとでは、体験できる現実も変わります。

ご機嫌な時に「いい!」と思えるアイデアと、不機嫌な時に「いい!」と思えるアイデアが違うからです。

アイデアが違えば、行動も変わります。

行動が変われば、現実は変わります。

だからこそ、自分のご機嫌な状態を先に作ってしまうことが大事なので、今すぐできるご機嫌を作ることが大事になります。

 

まとめ

波動が軽くなると、自分の人生が思い通りになるということは真実ですが、思い通りにさせるために波動を軽くしていくというのは、逆に波動が重くなるので注意してください。

軽くご機嫌で生きていると、自然と湧いてくるアイデアが実現できます。

だから、思い通りに生きているように見えるだけなんです。

 

また、自分のご機嫌を作るには、自分に現実の主導権を持ってこないと難しいので、それができるようになっているから、周りは関係なく自分で現実を作るという状態を持っていることになります。

自分の波動も思考も草原を自由に駆け巡るように、自分の思ったまま使っていくことができているんです。

逆に「波動が重くなったから、こういう現実を体験することになったんだ・・・」と、マインドの判断で都合の悪いことを全部波動のせいにしている限り、そこから抜け出せなくなります。

 

本当に波動を理解していれば、どんな体験も1つの体験だと思えますし、その体験から得られることやそこから生まれることの楽しさや面白さ、結果的に「ここのためか!」という発見をすることができます。

重い感情も、ネガティブな呟きも、1つの楽しい体験だということです。

もちろん、体験している間は「あ、今の自分重いな」とか「なぜこうなった?」と思うことはありますが、だからといって、そこに留まることはありません。

自分以外の何か、誰かのせいにして、人生を生きている限り、自分のご機嫌は見えてきませんよ。

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ABOUTこの記事をかいた人

今西 史樹

今西 史樹(いまにし ひとき) BEC株式会社代表取締役。 軽く楽に楽しく生きるための価値観、波動の使い方、思考の使い方などを伝えています。電子書籍『波動のチカラ』