便利な世の中になったもんだ。、、、30歳代の私がいうセリフなのか?と、自分で自分を即座にツッこんでしまったが。お年の召した方が言うセリフのイメージがあるけれど、まあいいや、このフレーズを使わせてもらうことにする。
Bluetoothなるものの登場で、音楽を聞くのにも「線」を繋ぐことなく聞くことができるようになった。スピーカーから、イヤホンから、直接的に繋いでいなくとも音楽が聞こえてくる。イヤホンなんて、めっちゃ画期的ですよね、個人的にはテンションがテンションがあがったアイテムだ。線がない分、どんなに身体を動かしても、線に腕が絡まることなく動作をすることができるし、そういった配慮なく自分の行動を遂行することができる。何よりちょっと「カッコイイ」。『ミンションインポッシブル』のような、スパイ映画に出てくるような、”仲間と秘密に通信するための機械”みたいな、そんなメカニックさを感じる。
お買い物の様子も、ここ数年で結構変わった。現金がメインとなるお買い物風景だったが、今やクレジットカードやスマホをかざすPayPayなどの行動をよく見るようになった。現金でお札や小銭などを出す行為が、カード一枚やスマホ1台を出すだけで、お会計がフィニッシュする。ほんと、一瞬の出来事のように思える。
電車の切符だってそうだ。ICカードやスマホをかざすだけで改札を通過できてしまう。「切符を買う」という行為の方が、珍しいくらいの稀ささえ感じる。
Bluetoothにしても、支払い方法にしても、切符にしても、チョー便利。便利がゆえに、それらを使う人も多くなってくるから、もうそれがメインなくらいのシステムが組まれていく。
社会システムのぜーんぶがその「便利」になるのは、、、大丈夫だろうか。
というのも、スーパーでパート業務をしていた時のこと。原因は不明だが、お店のクレジットカードの読み取り機械に不具合が生じ、突然その日1日はお会計でクレジットカードが使えなくなってしまった。お客さんに伝えると、「カードしか持ってきていない」という方が、ちらほらいて、お買い物を諦めて帰る方がいらっしゃった。そのほかにも、カードで払おうと思ったがカードが使えないので、なんとか財布に入っていた現金でお支払いするという方もいらっしゃった。そんな光景を見ていると、確かに便利なクレジットカード1枚でのお買い物。だが、そのカードを差し込む機械の不具合で、もうそのカードはお買い物に何の効力も起こらなくなってしまうのだ。その派生で考えると、Bluetoothで聞く音楽も、目に見えないBluetoothの繋がりに不具合が生じていれば、スピーカーやイヤホンはただの物体になってしまう。そして結局、直接的に線を繋ぐという対処をすることになる。
機械も「生き物」だ。誰かが考えて作って生まれたもの。そのモノ自体の動き方もあるし、何なら人間が操作もできてしまう。その機械にやりとりの一部を「すべて」任せるのも、逆にそちらの方が便利からかけ離れた行動になる気がしている。
となると、一見面倒に思える行動。線を繋ぐ行動や、小銭を出す行動や、切符を買う行動。その「アナログ」な線や小銭って、実は一番効率がよくて、確かで、”最強”なこと。遠回りに見えることが、意外と最短ルートだった、なんていう現象なんじゃないだろうか。
最強な「アナログ」と、便利な「デジタル」。結局それらを使う人間が、「どう使うか」か、、、。
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