自分を受け入れる

■「あばた」は「あばた」

愛するというのは、

「あばた」を「あばたあるよねー」と

そのまま認めて受け入れること。

 

「あばたもえくぼ」ではなく、

「あばたはあばた」。

 

自分のあばたも

相手のあばたも

そのままで。

わたしたちは、「あばた」を「あばた」のまま

受け入れるのがとても苦手です。

 

「あばた」を「えくぼ」に変換したり

「あばた」を「見ない」ようにしたり

「あばた」を「なくそうと」頑張ったり

「あばた」は「みんなにもある」と励ましたり

どうにかこうにかしようと

してしまいがちです。

 

でも、「あばた」は「あばた」。

そのままでいいのです。

 

「あばた」だけど、

それがどうしたの?と

本人も周りも感じる。

 

そんな風に受け入れると

とても居心地がいい。

 

あばたのあるままの自分で

あばたのある相手のままで

それがいいのだと

感じ合えているから。

 

家でも学校でもね。

 

 

子どもの走るのが遅いとします。

 

「遅くないよ、早いよ~」ではなく

話題をさけるのではなく、

「練習して克服すべき」ではなく

「遅い子は他にもいるよ」ではなく

「走るの遅いよね(^^)」です。

 

そのまま、ド・ストレートに。

 

「走るのが遅い」という事実を

はずかしいと思っていなければ、

どうってことのない事実です。

 

受け入れたうえで、どうしたいかは

次の話しですよね。

 

子どもの意思によります。

 

遅いままでもいいし

はやくなりたければ

練習すればいい。

 

この、「あばたはあばた」が

『自己受容』です。

 

苦手なことは苦手。

得意なことは得意。

苦手は悪じゃない。

ただ苦手なだけ。

 

「あばたはあばた」

「えくぼはえくぼ」

とてもシンプルです。

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岩本真弓

岩本真弓

岩本 真弓(いわもと まゆみ) / Mayumi Iwamoto 個々の好きが全体に活かされている社会。 子どもたちがみんな幸せな社会。 自分らしさがかけ合わさることで輝きを増す社会。 そんなミライを創りたくて活動しています。

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