「楽しい」という定義を見直してみると、軽い波動を見つけることができる理由。

自分が楽しいと思う時って、どんな時ですか?

楽しいこと自体、本当に心から楽しいと思っていますか?

今、アナタが楽しいと思うことを思い浮かべてみて、その楽しいと思うことは、本当に楽しいと思っていることですか?

 

なぜ、そう思うのかというと、

楽しいことをやっているときは、「楽しい」と感じることはないからです。

 

夢中になってやっているとき、そんなときに「ああ、楽しい」と浸ることはできると思いますが、その浸る時間すら惜しく感じるくらい、楽しんでいると思います。

ということは、今、自分が「楽しい」と認識していることって、本当に楽しいのか?と思うのです。

 

そして、楽しい状態は、マインドで作ることはできません。

例えば、「旅行が楽しいこと」だと思って、旅行プランを考えても、結局楽しいように見えて、帰ってきたら疲れているなんてことがあります。

帰ってきて疲れるというのは、本当に楽しいことでは起こりません。

 

心から旅行が楽しくて、心から行きたい場所であれば、帰ってきたら活力を感じられるので、疲れるなんてことはないのです。

これがマインドで作る現実の楽しさになります。

 

マインドというのは、この世界で作られている価値観です。

その価値観における「楽しさ」は、自分の心を満たしてくれるものではありません。

 

だから、楽しいことを探しても見つからないし、楽しいことをやっていると思っていても、何だか疲れる感覚になっていくようになります。

すると、「あれ?楽しいことって何?」と、また探すことになるのです。

 

頭で考えつく「楽しいこと」をいくら探しても、向き合っても、実行しても、

いつまでも心からの楽しさ、夢中になる感覚を得ることはできません。

そして、それを自分以外に求めても、例えば、子どもの夢を自分の夢のように思っても、それでは何も満たされることはないのです。

 

「楽しいこと」というのは後から見つかる。

 

では、どうすれば、自分の心が本当に望んでいると思われる楽しさを見つけることができるのか?というと、「なんとなくやってみる」ということが見つけ出すヒントになります。

 

「なんとなくこれをやってみよう」とか、

「なんとなくここに行ってみよう」とか、

「なんとなくこれに興味があるから調べてみよう」とか、

そういう、なんとなく起こる感覚を感じたら、やってみるんです。

 

もしかしたら、何もないと感じるかもしれませんし、調べて終わりなんてこともあると思います。

でも、その調べたことが、後々必要な知識になっていくことだってあるのです。

 

自分のやったことに対して、すぐに結果(現実に反映)が出なかったら、楽しいことではないなんてことはありません。

ハートの楽しさは直線的ではないんです。

そして、1対1のはっきりとした因果関係で結ばれている訳でもないのです。

 

例えば、お金のブロックを解決したら、お金が入ってくる。

もしそうなら、今ごろ、世の中ではお金に関する悩みは消えているはずです。

でもそうではないですし、お金のブロックを外したからお金が入ってくるという因果関係自体が、マインドで固められた答えだということになります。

 

楽しさも同じで、何かをしたから楽しさを得られる訳ではなく、

なんとなくやっていることを積み重ねていると、気がついたら楽しことが見つかっていて夢中になっていた。

そんな状態になっていきます。

 

いくつも興味があることをしていると、共通点が見つかって、それが自分の好きなことだと気がついた。

そういう風に、見つけ出すことができます。

 

見つけ出す楽しさと、それを実行する楽しさ。

それらは、見つけ出した後に感じられるものであり、夢中になって飽きてから「楽しかった」と思えるものです。

 

だから、最初から「楽しいこと」なんて探しても、見つかりっこないんです。

 

結果ばかりを見ていると、不安が出てきます。

 

結果は、結果に過ぎません。

起こったことは、起こったことに過ぎません。

 

だから、そればかりを見ていると不安になります。

 

例えば、お金のブロックを外すという結果ばかり見ていると、それが外せなかったらどうしようとか、今の自分は外せたのか?など疑問を持つことになります。

だから、本当はブロックなんてないにも関わらず、ブロックを自分で作り出すことをして、不安を作り出しているのです。

 

その状態でいくら自分と向き合ったって、お金と向き合ったって、何にも変わりません。

 

もし、それでブロックがなくなったとしても、また別のブロックを作り出していきます。

それは、不安を作り出すことで安心するからです。

 

それも1つの体験なので、それがしたいのであれば、それでいいと思いますが、軽い波動に共振することはできませんし、人生が楽しくなることはないと思います。

 

楽しいという結果も同じです。

楽しいという結果ばかり見ていると、不安が出てきます。

 

毎日楽しめているのかな?とか、楽しいことができているのかな?とか、そういう不安を作り出すことになります。

 

ということは、波動も同じです。

軽い波動に共振することばかりを見ていると、不安が出てきて重くなります。

 

楽しいにしても、軽い波動にしても、それぞれの定義は自分で決めることができます。

周りの楽しいが自分の楽しいではありませんし、周りの軽い波動が自分の軽い波動ではないのです。

 

それぞれ自分で見つけていくことができるから、自分の心の感覚が満たされるようになっていくので、

軽い波動を思い出して共振することができる結果、毎日がご機嫌に生きることができている状態を手に入れることができるのです。

これをまとめると、「楽しいことをしていれば、軽く生きることができる」ということになるのです。

 

ちょっと興味を持ったら、どんなこともやってみてくださいね。

 

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