「どっちでもいいし、なんでもいい」ただ自分がご機嫌なのかどうかが大切なワケ。

 

この世界は、ホログラムです。

と言っても、頭で理解できても、腑に落ちるにはいろんな体験が必要です。

 

今まで、現実というものが、自分で変えられるなんて聞いたことも、

知ったこともない中で、

「現実がホログラムで、それを自由に変えることができる。」

と言われても、イメージできないと思います。

 

仮に、

ホログラムだとわからなくても、

自分の目の前が、劇的に変わらなくても、

自分の中を変えれば、目の前に現れる現実は変わるのです。

 

現実自体に意味はない。

 

現実自体に意味があるのではなく、

自分の感じ方が意味をつけているということがわかれば、

それが腑に落ちます。

 

例えば、

背が高いことを気にしている人に、

「背が高いですね」

といえば、

「なんでそんなことを言うんですか??」

と、喧嘩になるきっかけが生まれます。

 

もし、背が高いことに何も感じていなければ、

「そうなんです。背が高いのです。」

と、相手の言葉を受け取ることができるのです。

 

背が高かろうが、

低かろうが、

どうでもいいのことはわかると思います。

 

ではなぜ、

身長を気にするようになるのか?と言うことですが、

そこに、自分がご機嫌になれない価値観があるからに他なりません。

 

「背が高いこと=ダメなこと」

もしくは、

「背が高い=何か嫌な気持ちになった過去がある」

そうやって、背が高いということにコンプレックスを抱くきっかけが生まれます。

 

そのコンプレックスを、たまたま目の前の人が言っただけの話なのです。

だから、相手が悪いわけでも、

自分がそこにコンプレックスを持っていることが悪いわけでもないのです。

 

ただ、「自分には、身長が高いというところが、ご機嫌ではない。」

というところがわかるだけのことです。

 

そして、

それが客観的にわかるようになれば、そこに感情が飲まれなくなります。

 

感情が飲まれない状態こそ、

必要のない価値観を本当に手放せている状態です。

 

その状態を作るきっかけとして、

自分の目の前に、自分が気になることをあえて作っている。

そんな状態です。

 

出てきた選択肢を感じてみる。

 

ここで、2つの選択肢が出てきます。

 

(1)ただそのまま、感情が動いたことを感じてそのままにする。

(2)自分にとって必要のない価値観が見つかったから手放す。

 

(1)を選ぶと、また「背が高いですね」

と言われる現実を作ります。

 

(2)を選ぶと、また「背が高いですね」

と言われても、気にならない現実を作ります。

 

気にならなくなるので、言われることもなくなっていくのです。

 

ここでも、どちらの選択肢が素晴らしいとか、

いいこととか、ダメなこととか、

そんなこともどうでもいいのです。

 

ただ、2つの選択肢のうち、

どちらを選び、その先の現実を体験したいのか?

つまりは、「どちらを選べば、自分がご機嫌に生きることができるのか?」

という視点で決めればいいのです。

 

感情が動くことを楽しむのであれば、(1)を選んでみるといいと思いますし、

もう必要ないと思えば、(2)を選べばいいのです。

 

それを今まで無意識に選んでいるから、

自分がご機嫌に感じる現実を作れないのです。

 

だからこそ、

今この記事を読んだ瞬間から、変えればいいのです。

 

どんな些細なことでも、

自分がご機嫌ではないと感じたら、

それをやめて、新しい選択肢を選びなおせばいいのです。

 

選びなおすことに、意味はありません。

何度選びなおしても、誰も何も言えません。

 

だったら、好きなようにすればいいと思うのです。

 

まとめ

 

誰かに提示されているものでもなく、

誰かが作った答えでもなく、

誰かの目を気にした答えでもなく、

自分が心から「これだ」と思うものを選ぶことで、

ご機嫌な現実は作ることができます。

 

ここから感じてもらえるように、

目の前の出来事自体に意味があるのではなく、

その出来事から、何を感じ、何を思うのか。

それが、出来事の意味を決めています。

 

だから、自分の中が変われば、

同じことが起こっても気にならなくなるのです。

 

気にならなくなるということは、

体験する現実が変わります。

 

嫌な気持ちになっていた現実が、

嫌だと思わなくなるのです。

 

だから、

自分の中を変えていくことが大切なのです。

 

その方法こそが、

自分にとってのご機嫌な選択肢を選ぶ他ありません。

 

「自分のご機嫌」という、

ありきたりな表現になってしまいます。

 

つまりは、

特別な方法なんてないんです。

 

人生を楽しむ上で、

シンプルなところ以外に何もありません。

 

複雑化されて、

得ることに時間がかかるように見せているのは、

なぜか?というところに疑問を持つことができれば、

なぜ複雑にしているのかがわかります。

 

すべてシンプルです。

そして、すべて足元にあります。

 

それを思い出してみてください。

(”すべてシンプル”じゃないのはなぜか?こちらの記事も参考にしてみてくださいね

「この世界はシンプルです。」

 

そして、

目の前の出来事を、自分の都合のいいように捉えてみてください。

 

すると、マインドが騒ぐと思います。

でも、騒いでいることをイメージしてみると、

案外大丈夫なのにも気がつけるはずです。

 

もっと楽に生きれます。

というより、楽に生きれるんです。

 

それも、

自分の中がシンプルになればなるほど、

はっきり鮮明に見えることができますよ。

(あわせてこちらの記事もぜひ読んでみてくださいね!

「現実が楽しいと思う居心地のいい場所は作れる。」