「なんでだろう」は、学び(探究)の入り口。

 
この記事を書いている人 - WRITER -
木村 祐理
「子どもたちが魅せる奇跡だらけの世界」を届けるべく色んな場所で活動。子どもの幸福度、底上げ実践!をしつつ、自分らしい生き方実践中♪
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「なんでなんだろう・・・」
純粋な問いは、学び(探究)の入り口になる。

同じ「なんで!」でも、
誰かや何かのせいしてみて、
その原因追求だけに目が向いたとたん、
学びや探究はとまってしまう可能性が高いけど・・・

「なんでなんだろう・・」
この学びへの誘いは、終わることが無い。

1つ答えらしいものに行き着いても、
必ず次の「なんでだろう」が始まることになるから。

学ぶことは永遠に終わることはないし、
学びが進むごとに、どんどん自分の見識や主張が深く本質的なものになり、
自分が変わっていく。

学ぶってことは、面白い。

この数ヶ月、自分がおいかけている学びがある。
「江戸後期、明治、大正」という時代。

きっかけは、自分のおじいちゃんとおばあちゃん。

おじいちゃんとおばあちゃんの、お父さんとお母さん、
おじいちゃんとおばあちゃんの、おじいちゃんとおばあちゃん、
どんな人だったんだろう。

おじいちゃん、おばあちゃんの生き方を見ながら、
それに影響を受けたであろう人たちが、
どんな人だったんだろうって興味がわいた。

それがきっかけ。

実際に聞いたことはないし、
今聞けるわけではないので、
だいたいの時代を思い描いていたら、
明治、大正、江戸後期?

あらためて知りたいと思っていたと同時に、
この2ヶ月ほどのご縁の中で、
おばあちゃんと同じくらいの年齢の方達とお会いすることが増え、
そして大正時代にお生まれの方ともご縁いただいた。

その中で、なんとなく見えてくるその世代の人間性。
(社会や暮らしの中で培われたパラダイム)

色んな方がいるから、一概にはいえないけれど・・・
でも、感じられるものがあった。

一言で言うと、
海外の方がもつ「日本・日本人」で表現されている、
また「日本」という言葉に、いまだ象徴されるたたずまいや
生き方は、この時代の方達までのように感じた気がする。

この方達以降、少しずつかわっていっている。

「人を知りたかったら、人に会い、目の前の人から学びなさい」

教えていただいた言葉は、今も自分の原点だな。

目の前の人の生き様に、
その人の人生と時代が詰まっている。

そんなさなか、
自分が読みたいと取った本。
著者が夏目漱石、宮沢賢治、島崎藤村、太宰治・・・
作中の時代が、まさにどんぴしゃ!!!

自分のアンテナが立っているから、
そうなるのは必然だよね・・笑
文学から、著者から、
出会った方々から、
いくつかの歴史資料から、
カケラが集まってくる。

今に続いている、すごく大事なもの。
いつの時代も変わることのない「人間」という生き物への探究心。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

教育を探究すればするほど、
日本の教育はすばらしい。(全てではもちろんないけれど)

今日本の教育に関する動きは活発で、
色んな方向にことが動いている。
(教育だけではなく、あらゆる分野に関係するんだけれど)

それらの動きを俯瞰しながら、
私には、どうしても何か違うように感じていて、
その本質が何かを見極めたくて、
日本の教育、社会について、
より理解を深めたいと思った。

日本の教育、社会は、
実際にどうだったのか、
どのように変化してきたのか。

それらの時代の教育を受けた人たちが、
どんな人として育ち、今暮らしているのか。

教育と社会の関係って、何なのか。

何が機能して、
何が機能していないのか。

・・・・。

あと1ヶ月ほど続く、環境と仕事。
終える頃に、私は何を掴むんだろ・・・。

半年近く追い続けた問いとも
繋がってきた気がしている。

だいぶハラ落ちして、
自分の頭も言葉がまとまってきたから^^

3月後半、オープンの場がいくつかあるので、
そこで、この半年間の1つの答えを、
伝え始めていこうと思います♪

歴史、近代史、
定期的に、振り返って学びあさっているのに、
その度に知らないことに出会い、新しいことを知る。

学ぶことって、なんて素敵なことなんだろう。

まだまだ続く、どこまでも続く・・・

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木村 祐理
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