自分が自分で居れたら、人生どうにでも創れる>昔のハナシ

2016/06/28
 
この記事を書いている人 - WRITER -
木村 祐理
「子どもたちが魅せる奇跡だらけの世界」を届けるべく色んな場所で活動。子どもの幸福度、底上げ実践!をしつつ、自分らしい生き方実践中♪
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スタッフの誕生日でした。
22歳・・・若いなぁ。

自分が22歳、何していたかぁと振り返ってみたら。。。
暗黒な時期でした(笑)

自分が誰かわからなくなり。
自分がこれからどう生きていいのかわからなくなり。
自分がどうしていったらいいのかわからなくなり。
今、自分が生きているということに恐怖を感じた日。

それは、22歳のある日だったなぁ・・・。

自分の中からあふれるように出て止まらなかった恐怖。
狂いそうな自分をどうしていいかわからなくて。
生きていくことも怖くなって。
数か月、1人暮らしをしていた部屋から出られなかった。
誰にも会いたくなかった。
夜暗くなってから、その日食べる分のご飯を買い数分だけ外に出る毎日。
頭の中は、死にたい。どうやったら死ねるのか。死んだら、どうなるかな。
本屋にいって死ぬ方法を調べてみて、紋々して。
そんなことばかり考えてきた数か月。

結局。私には命を絶つ勇気も行動力もなくて。
結局は、生き続けることになったけれど。

あの時の、あの瞬間の恐怖。
「自分誰かわからない」という怖さ。
自分の好きなことも、やりたいことも、食べたいものも、これからのことも、欲しいものも、何もかもわからない。
自分が自分を責め続けて、自分をこわし続けた悲しみ。
自分のことなのに、自分が全くわからないという恐怖。
ある瞬間から訪れた「無感覚状態」
自分が自分の感情を感じることをやめた日。
私は、一度死んだのかもしれない。

あの恐怖があったから、今の自分がいるんだけれど。

あの恐怖を体験したから。

ある意味、どんなことでもできるようになった今がある。

「はじめてこと、挑戦してこわくないですか?」
「失敗して傷つきませんか?」
「どうして、そんなことができるんですか?」

こわくなんですか??

色んなことを聞かれるけれど、
こわいものは、今でも怖い。
色んなことにびびって、動け泣けなくなることだってある。

でも。

あの時の、恐怖に比べたら。
どんな怖さも、比べ物にならない。

だって、自分が居るんだもの。
自分が感じられて、自分がわかるんだもの。

その自分がいる限り、なんでもどうとでもなる。
自分がいるかぎり、何があっても、そこからまた進んで行ける。

「自分がいる」

それだけで、私は何があって自分の人生生きていけるんだと思う。

同時に。

壊れた自分、自分を失った自分を取り戻すには、
それなりの時間がかかる。
身体も、心も、頭も、環境も、現実も・・・。

私は、5年かかったなぁ・・・。

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