がまんと自制は違う気がする

 
この記事を書いている人 - WRITER -
木村 祐理
「子どもたちが魅せる奇跡だらけの世界」を届けるべく色んな場所で活動。子どもの幸福度、底上げ実践!をしつつ、自分らしい生き方実践中♪
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「がまんと自制は違う気がする」

ようちえんクラスの子どもたちは、
3歳4歳5歳6歳。
そんな年齢の子どもたち。

1つ1つの出来事を体験して、
その全部を受け止めて、
自分で考えて、自分で自分の行動を選んでいく。

 

その過程で必ず出てくるのが「自制」なんです。

自分で自分の行動をぐっとこらえる。

感情が出て、誰かをたたこうとした手が止まって。。
すーっと下げる。

叩かれてやりかえそうと手をあげて・・・。
そのまま手を下ろして「やめて」って言う。

欲しいからとっちゃえ!と手を延ばして、
あ!っと気が付いて手を戻す。

行きたいな行きたいなと言いながら、
その場にいとどまる。

自制っていうのは、我慢とは違う。

自分の気持ちを押し殺して、押さえつけるのではなく。

自分の気持ちを
自分が全力で受け止めて
感じ続けて
その先に、受け入れていく。

どの自分にも嘘をつかない。
そんな先に出てくるのが「自制」なんだと思う。

自分で考えて、相手を思って。

自分の気持ちと行為に責任を持っていく姿。
いつも全力で生きている子どもたちの姿に。
心打たれる毎日。

 

そして、
感情的に子どもに言葉を放ってしまう自分を、
あっちゃーって思うのです(苦笑)

自分の言動に責任を持つ。

大人のほうが、ちゃんと立ち止まる必要があるんちゃうかな。

 

すぐに手が出ちゃう。
がまんできない。
がまんさせなきゃ。

 

そんな目で、子どもたちをみるよりも、

まずは、自分の言動を自覚する。振り返る。検証する。

 

同時に。
一生懸命自分の心と向き合って生きている子どもたちを
信じて、応援する。

 

そんな大人でありたいなと
いつも思うのです。

 

そんな子どもたちの葛藤や、頑張りを側でみながら、
やれることなんて限られていて。

 

だって。
自分のことは自分がやっていくしかなく。
誰かがどうにかできることじゃないんだもの。

 

行きつくところは、
やっぱり応援していくだけなんだもの。

 

そんな子どもたちのそばでできることは、
ただ側にいて、何気ない話をし、
今をただ一緒に過ごす。

 

たまに、おにぎりにぎってみたり。
一緒においしいねって、食べてみたり。
ただ、ぎゅって抱きしめたり。

できることって、それくらい。

 

自分でちゃんと1つ1つ確かめるに
乗り越えていく。

 

その姿に、勇気をもらうのです。

 

 

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