「出来事」に意味はないんだよ。

 
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木村 祐理
「子どもたちが魅せる奇跡だらけの世界」を届けるべく色んな場所で活動。子どもの幸福度、底上げ実践!をしつつ、自分らしい生き方実践中♪
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先日の子育てカフェ。

学び舎の共育方針を1つずつテーマにして、

考えたり、話したりする場所。

 

私のとっても楽しみな時間(^^♪

 

テーマは、「心身の成長」っていテーマで、

たくさんの保護者さんと対話させてもらった時間。

 

私はいつも場にいるんだけれど、

時間の管理と進行だけしている。

 

みなさんが創り上げる場を感じて、

ふっと自分にわきあがる質問を、

みなさんに投げる。

 

それを、またみなさんが探究する。

 

その場を、また感じていると、

ふっと、自分に質問が湧き上がる。

 

それを、またみなさんに投げる。

 

その繰り返しの時間。

 

最後の最後にだけ、私はいつもお話しする。

 

その日、その時間。

場に出てきたテーマのようなものを、

ポイントにまとめてシェアするんだけど。

 

その日は、

「出来事には意味はない。

その出来事を、見た、感じた自分が、

意味を付けていく。

その見方、感じ方、捉え方、考え方が、

現実を作っているんです。」

 

って事が、出てきた。

 

例えば、

 

子どもが牛乳をこぼす。

その出来事は、ただ起きただけのこと。

 

それをみた「人」がそれぞれの「受け取り方」をすることで、

出来事に意味が付いていく。

 

・迷惑なことになったり

・いけないことになったり

・イライラしてみたり

・ショックを受けてみたり

・不注意は許せないと思ったり

・子どもの出来が悪い!と評価したり

・もたもたするな!とむかついたり

・あはは!面白い!!と楽しくなったり

・へぇーこんな広がり方するんだ!!って新しい発見があったり

 

イロイロ。

人の数だけ、あるはず。

 

出来事は1つ。

でも、それをどう見たか、どう感じたか、どうとらえ方が違うと、

同じ出来事が、それぞれ違う現実になっていく。

 

相手がどうこうじゃない。

起きた事がどうこうじゃない。

 

大事なのは、

出来事は、ただ起きただけのこと。

 

その出来事を、

自分がどう見て、どう感じて、どんな考えを持ったか。

が分かれば、

自分が見えてくる。

 

何もないものに、自然と色がついていく。

それが、人が自然にしていることなんだよね。

 

どんな色を付けても構わない。

どの色が正解とか不正解とか無い。

 

どの色でもいいんだよ。

どの色も間違ってない。

 

大事なことは、

自分が出来事に、どんな色を付けているのか。

っていうことが、ただわかれば。

 

しんどいなぁと思うときは

「しんどい」に繋がる感じ方、見方、とらえかたをしているだけのこと。

 

「楽しいな」と思うときは、

「楽しい」に繋がる感じ方、見方、捉え方をしているだけのこと。

 

ただ、それだけのこと。

 

どう見たらいいとか、

どう思えばいいとか

どう考えたらいいとか

どうしたらいいとか。

 

そんなものは放り投げて。

 

今、自分がどう感じたのか、どう見たのか、どう捉えたのか。

それさえ掴めたら、「自分」が見えてくるはず。

 

どう生きてきたかが、浮かび上がってくるはず。

 

そして、本当に、「今」が見えてくる。

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